2009年3月10日火曜日

ユニクロと神社

昨年の春ロンドンで、ユニクロの3店舗を見て廻った。
店はどこも光り輝いていて、清潔できちんとしていたが、何かが欠けている気がした。
もちろん、客足がいまひとつということもあったのだが、
TOP SHOPをはじめとするアングロサクソン系の他店に溢れている熱気とは異なる、 家電売り場にいるような、というかむしろ、厳かとさえ言える不思議な感覚に満たされたのだった。
オックスフォードストリートを外れて大英博物館へ入ったとき、
私はそれが神社の感覚であることに思い至った。
ユニクロ=神社。

デザイン性を排した服のパーツが美しく並べられたレイアウトは世界共通のものだ。
そこに、猥雑や狂乱の入り込む余地はなく、
美は秩序立っていて、余白さえも計算されたものとなっている。
中心にあるのは合理であり、整頓。
これを心地よいと感じるかどうかは人によるだろうが、
面白味はない。

この完璧さへの傾倒は、クルマや家電品をはじめとするすべての日本の大量生産品に共通する。
日本車には色気がないと言われ半世紀が経つが、未だに状況は変わらず、
今や、色気のない服を作り売る会社が最強となっている。
テクノロジーが最強を支えている。
そして神社。
神社には思想がなく、20世紀にはやすやすと国家と一体化した。
21世紀、神社はグローバル企業と一体化するのだろうか

トヨタ・ユニクロ・パナソニック・・・
戦後市場主義の優等生企業が押し広げる地平を日本の誇りにしていいのかどうか。
活況を呈しているユニクロで、意外なほど質感の良いTシャツを手にしながら、天を仰ぐ。

1 件のコメント:

  1. そこに気づくのは鋭いです。さすがです。
    両方ともコンセプトと直感のバランス
    で成立しています。

    今、若い女性の間で神社めぐりが大ブーム
    になっているのはご存知でしょうか。

    これは経済と逆に振れる振り子のような
    もので、そこがネクスト経済or世界(でかく出すぎか?(笑))の核になると確信しています。

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