長い道のりの果てに善光寺はあって、
朝の7時を過ぎには、周囲の道が渋滞するほど、
7年に1度のご開帳のご利益にあずかるため 善男善女が列をなしていた。
私は車列の逆を走り、山を上って高原へ向かった。
はるかに黒姫山を望める高原の一隅に、 ひっそりと咲く水芭蕉を見るためだった。
すがすがしい空気と光に包まれながら、 湿地に渡された板の道を歩く。
二輪草の群生が美しい。
肝心の水芭蕉は、成長しすぎた葉が大きく広がり、
中央に野太いおしべが屹立する。
植物の淫らともいえる姿態に度肝を抜かれるが、
昨今のミツバチの不在による子孫作りへの不安故なのかもしれぬ。
高原はほどよい静けさで、評判の蕎麦屋をのぞきたかったのだが、
時間が早すぎてかなわぬまま、山を下りた。
善光寺の西に川が流れていて、川べりに温泉が湧いている。
ここにもしんとした朝の静寂があり、 足湯を楽しむ人々が数人いた。
傍らの日本家屋へは、昨夜信州牛を食べに来たのだった。
牛は直営の牧場でリンゴを食べて育てられ、
と殺されて皿の上に美しく並び、私の口の中であっという間にとろけた。
寺と牛肉と水芭蕉と湯治場が、 ひとつながりになって並んでいるのが長野の町だ。
すべてがスピードを変えて動いている。
これを動的平衡というのかどうかはわからない。
だが、この町の安定感が私を健康的にしてくれたことは確かだった。

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