2009年5月3日日曜日

レッドチャーチ通りのキヨシロー

東ロンドンのレッドチャーチストリートへよく通った。
ファッションデザイナーのKEIがスタジオを持っているからだった。
近所には、家具デザイナーやグラフィックデザイナー、写真家、インテリアデザイナーなど驚くほど多くのクリエーターが暮らしていて、夜、KEIの家にいると、ふらっと彼らが現れ、とりとめのない話をしては帰っていったものだ。

ある夜、グラフィックデザイナーのアンジェラが新恋人のマーガレットを連れて来て、そこにジョナサンが加わった。ジョナサンはユーロスターのロゴを作った男だ。 誰がすごいミュージシャンかという話になった。
それぞれ、レノンやらボーイジョージやらストーンズやらの名を挙げるなか、KEIが、最も偉大なシンガーとして忌野清志朗の名を挙げた。
日本人のガールフレンドがいるジョナサンも知っていて、キヨシローすごいよと、日本語で叫んだ。
しかし、アンジェラたちが聞いたこともないなどと言うので、KEIと私とジョナサンで歌ってみせることになった。
どうしたんだ、ヘイ、ヘイ、ベイビー!
私たちはずいぶんビールを飲んでいたので、わめくように歌いつづけ、その歌声を聞いて、さらに4-5人のご近所衆が集まった。
いつものようにきめて、ぶっ飛ばそうぜ!
サビの部分のシンプルさが親しみやすかったのだろう、いつしか全員が歌いはじめた。
こんな夜に発射できないなんて!
意味を教えると、口々にSHAME!と叫んで、彼らは笑った。

その夜以来、「雨上がりの夜空に」のサビは、レッドチャーチ界隈でしばしば口ずさまれるようになった。
ベトナム料理店や中華料理店、持ち帰り専門のフィッシュ&チップスの店、シティのビル群が眺められるバーなどで。
雨の多いロンドンの町によく似合う曲だったと思う。
私は一時帰国した折、清志朗のビデオを持ち帰って、彼らに本物の姿を伝えた。 キヨシローの人気はさらに高まった。

ほどなくロンドンはバブルの波にのまれ、レッドチャーチ通りのクリエーターたちは散り散りになっていった。
彼らのその後は、成功した者、波に乗れなかった者など、さまざまだ。
あれから10年が経つ。
彼らは今でもキヨシローを覚えているだろうか。
どうしたんだ、ヘイ、ヘイ、ベイビー!

今宵、雨上がりのレッドチャーチストリートのことが懐かしく思い出されてならない。

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