地下鉄銀座線で、サントリー ザ・ヨーロピアンジャスミンティの車内吊り広告を見かけた。
淡い色調の、心惹かれるポスターだ。
右側にヨーロッパ系の少女が二人いて、一人がもう一人を両手で目隠ししている。
そこに、あ、その香りはジャスミンさん と、コピーが入っている。
左側は、白アクリルバックにグラス入りのジャスミンティが二つ置かれ、
脇に、商品ペットボトルがレイアウトされている。
構造は極めてシンプルだが、この新商品の世界観をよく伝えている。
商品カットだけでは、何だかわからないが、
右手のすぐれたクリエーティブによって
人々はすっと商品世界へ導かれるのだ。
古典的だが、実に見事だと思う。
で、その後私はどうしたかというと、オフィスでWEB検索をしてみた。
HPは、さほど感心した出来ではなく、興味の持続に成功していなかった。
グラフィックの世界が深まっていないのだ。
予算の配分もあって、WEBはこれでいい、という割り切りがクライアントにはあるのだろう。
それはそれで見識なのかもしれないが、凡庸なパンフレットにする必要はないと思う。
もちろん、だからといって、ポスターのクリエーティブの輝きが色あせることはない。
こんな感情に満たされたのは、久々のことだ。
2009年6月15日月曜日
2009年6月4日木曜日
日本の美
日本初の海外観光ツアーが、ちょうど100年前朝日新聞社主催で敢行された。
1909年のことだ。同行した記者の一人が次のようなことを書き残している。
「冬はローマですごし、春夏はロンドンで、秋には東京へ戻り、そうして最後はベニスで死にたい」
ヨーロッパは素晴らしかったのだろうが、年に1度は日本へ戻りたいという感覚はよくわかる。
海外にいると、日本における人とモノとの親密な関わり方が恋しくなるのだ。
食べものであれ、建てものであれ、飾りものであれ、何であれ、四季に恵まれた島で、あふれんばかりの海の幸、山の幸に囲まれ、私たちはバイオリンで言うと、ストラディバリウスのような深みと奥行きのある営みを奏でてきた。
世界でも稀な国だと思う。
もちろん、これは美しい面のみをコラージュした上での話で、現実は思うほどすっきりしてはいない。
なぜなら、私たちが誇れるのは、あくまでもセンスの次元でのことだからだ。
どの国の文化にも奥行と深みはあって、違いはどれくらい精緻かということにかかっている。
私たちは、線からはみ出るものを好まない。
この資質は、何ごとも整えようとする強い力となって私たちの社会を支配する。
日本の美しさ、良さは、秩序や平衡に通じるのだ。
地下鉄銀座線のホームで、乗車位置変更に伴う整列方法の変更のお願いという張り紙に苦笑しつつ 思ったことである。
1909年のことだ。同行した記者の一人が次のようなことを書き残している。
「冬はローマですごし、春夏はロンドンで、秋には東京へ戻り、そうして最後はベニスで死にたい」
ヨーロッパは素晴らしかったのだろうが、年に1度は日本へ戻りたいという感覚はよくわかる。
海外にいると、日本における人とモノとの親密な関わり方が恋しくなるのだ。
食べものであれ、建てものであれ、飾りものであれ、何であれ、四季に恵まれた島で、あふれんばかりの海の幸、山の幸に囲まれ、私たちはバイオリンで言うと、ストラディバリウスのような深みと奥行きのある営みを奏でてきた。
世界でも稀な国だと思う。
もちろん、これは美しい面のみをコラージュした上での話で、現実は思うほどすっきりしてはいない。
なぜなら、私たちが誇れるのは、あくまでもセンスの次元でのことだからだ。
どの国の文化にも奥行と深みはあって、違いはどれくらい精緻かということにかかっている。
私たちは、線からはみ出るものを好まない。
この資質は、何ごとも整えようとする強い力となって私たちの社会を支配する。
日本の美しさ、良さは、秩序や平衡に通じるのだ。
地下鉄銀座線のホームで、乗車位置変更に伴う整列方法の変更のお願いという張り紙に苦笑しつつ 思ったことである。
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