2009年5月26日火曜日

ゲリラの論理

世界を乱暴に「上」と「下」に分けてみる。
人類が連綿と練り上げてきた知や芸術や民主主義や文化全般、そして富。
それらは、おしなべて「上」にかたより、「下」には、貧困と低い民度・知識・技能が残される。

この対立はしばしば物語として、富めるものたちに親しまれ
シンデレラや小公女や、近くはミシェル・オバマなどまで。
テーマは下部構造から上部構造への飛躍であり、
であるからこそのハッピーエンドが用意されている。

生活に潤いをもたらす手法は、さまざま考案されてきたが、
みな「上」で消費される。
「下」は、たとえばギリシャの彫像を壊し、アフガンの仏像を破壊し
国際貿易センターへ旅客機ごと突っ込んだりする節度のなさを露呈してしまう。

だからこそ「上」は「下」の啓蒙を試みてきた。
エンターテインメントはそのための大きな役割を果たしてきた。

強者が弱者を食べるシーンが、動物ドキュメンタリーには必ず登場する。
私たちは格差を好むのだ。
ダイナミズムが生まれるからだし、ギャップの存在は気流の移動にも一役買っている。

もちろん、これは「上」かそれに準ずるポジションに属する者にとっての楽しみであり、 「下」にとっては残虐そのもののとんでもない話だ。

私たちが信じている世界の方向性とは正反対の世界、ひっくり返った社会、
そのイメージに私たちは恐怖する。
「下」の視点を持つのは極めて難しいので、私たちは恐怖におののくしかないのだ。

「下」が「下」の論理で、世界を構築する可能性はあるのだろうか。
全てをはく奪された人々が、荒々しくやって来るその日、
「上」が作り上げたITも、グローバリズムも、アートも金融もクオリティライフも意味をなさなくなる。

SFぽい妄想かもしれないが、何もかもが逆転してしまった世界を
私たちはまだ経験したことがない。
しかし、もしかしたら、それは可能性に満ちた世界なのかもしれず、
現在よりずっと安定した日々が営まれる場合だってあるのだ。

2009年5月19日火曜日

天地人と日本の将来

NHK大河「天地人」に上杉景勝が秀吉からの上洛の誘いを受けるシーンがある。
民のために上杉としての意地を通すことが、
本当に良いことなのかどうか考えて決断したと、
景勝は直江兼続に言う。
権力の座にあるものとして、優れた判断と言えるだろう。
このとき彼に決断させたのは、秀吉の武力もさることながら、
むしろ、天下統一に向けた構想力の差だったと思われる。

統一へ向けて着々と歩を進める秀吉は大方の大名の同意を取り付け、
国のインフラ整備まで始めつつあった。
大状況は動かないと景勝は判断せざるを得なかったのだ。

日本の敗戦は、権力者の意地で
最悪の状態寸前まで行き着いた果てのことだった。
我が国のアジア統一構想は、どの国にも支持されぬまま瓦解した。
以後、私たちはグローバルビジョン策定に注力しないまま、
経済発展一途に走ってきた。
しかし、世界2位の経済力を維持することはもうできない。

米中G2時代に入りつつある今、大構想については
彼らを中心に練り上げられていくことが確実だ。
だが、非核、新通貨体制、環境などの各分野で
世界の枠組み作りを支えるインフラ整備を日本は担うことができるだろう。
日本には、広島と長崎があり、憲法9条を持ち、
東京という効率的な金融市場が控えている。
自分たちのポジションを見極めて、確固とした立場を築くこと。
「天地人」は私たちにそういうことを教えてくれている。

2009年5月12日火曜日

小沢代表・安西ひろこ、そして株価

民主党の小沢代表辞任のニュースは、
これがいいタイミングなのか、遅かりしなのか、評価が分かれている。
それにしても、資金疑惑というが、資金の流れはオープンになっているから、
本人にしてみれば、ほかに何か?ということだと思う。
メディアを巻き込んだ検察の勝利なのだ。
元々いいがかりに近いから、角栄のロッキード疑惑以来
検察憎しで凝り固まっている小沢氏は、絶対にすぐ辞めないと踏んでいたのだろう。
おかげで、民主党まで支持率をずいぶん下げた。

同じ夜、安西ひろこがTVに出ていた。
7年ぶりというが、変わらぬ魅力を振りまいていた。
しかし、彼女もこれから、どうタレントランクを上げていくか。
しんどいことと思う。
一度下がった評価を元に戻すためには、倍以上のパワーが要る。

株価を例にとってみよう。
2008年、中国株は65%の下落をみたという。
これを元に戻すためには、同じ65%アップでは、とてもおぼつかない。
実に2.85倍になる必要があるのだ。

人気も景気も、その回復の道は険しい。

2009年5月11日月曜日

長野における動的平衡

長い道のりの果てに善光寺はあって、
朝の7時を過ぎには、周囲の道が渋滞するほど、
7年に1度のご開帳のご利益にあずかるため 善男善女が列をなしていた。
私は車列の逆を走り、山を上って高原へ向かった。
はるかに黒姫山を望める高原の一隅に、 ひっそりと咲く水芭蕉を見るためだった。

すがすがしい空気と光に包まれながら、 湿地に渡された板の道を歩く。
二輪草の群生が美しい。
肝心の水芭蕉は、成長しすぎた葉が大きく広がり、
中央に野太いおしべが屹立する。
植物の淫らともいえる姿態に度肝を抜かれるが、
昨今のミツバチの不在による子孫作りへの不安故なのかもしれぬ。
高原はほどよい静けさで、評判の蕎麦屋をのぞきたかったのだが、
時間が早すぎてかなわぬまま、山を下りた。

善光寺の西に川が流れていて、川べりに温泉が湧いている。
ここにもしんとした朝の静寂があり、 足湯を楽しむ人々が数人いた。
傍らの日本家屋へは、昨夜信州牛を食べに来たのだった。
牛は直営の牧場でリンゴを食べて育てられ、
と殺されて皿の上に美しく並び、私の口の中であっという間にとろけた。

寺と牛肉と水芭蕉と湯治場が、 ひとつながりになって並んでいるのが長野の町だ。
すべてがスピードを変えて動いている。
これを動的平衡というのかどうかはわからない。
だが、この町の安定感が私を健康的にしてくれたことは確かだった。

2009年5月3日日曜日

レッドチャーチ通りのキヨシロー

東ロンドンのレッドチャーチストリートへよく通った。
ファッションデザイナーのKEIがスタジオを持っているからだった。
近所には、家具デザイナーやグラフィックデザイナー、写真家、インテリアデザイナーなど驚くほど多くのクリエーターが暮らしていて、夜、KEIの家にいると、ふらっと彼らが現れ、とりとめのない話をしては帰っていったものだ。

ある夜、グラフィックデザイナーのアンジェラが新恋人のマーガレットを連れて来て、そこにジョナサンが加わった。ジョナサンはユーロスターのロゴを作った男だ。 誰がすごいミュージシャンかという話になった。
それぞれ、レノンやらボーイジョージやらストーンズやらの名を挙げるなか、KEIが、最も偉大なシンガーとして忌野清志朗の名を挙げた。
日本人のガールフレンドがいるジョナサンも知っていて、キヨシローすごいよと、日本語で叫んだ。
しかし、アンジェラたちが聞いたこともないなどと言うので、KEIと私とジョナサンで歌ってみせることになった。
どうしたんだ、ヘイ、ヘイ、ベイビー!
私たちはずいぶんビールを飲んでいたので、わめくように歌いつづけ、その歌声を聞いて、さらに4-5人のご近所衆が集まった。
いつものようにきめて、ぶっ飛ばそうぜ!
サビの部分のシンプルさが親しみやすかったのだろう、いつしか全員が歌いはじめた。
こんな夜に発射できないなんて!
意味を教えると、口々にSHAME!と叫んで、彼らは笑った。

その夜以来、「雨上がりの夜空に」のサビは、レッドチャーチ界隈でしばしば口ずさまれるようになった。
ベトナム料理店や中華料理店、持ち帰り専門のフィッシュ&チップスの店、シティのビル群が眺められるバーなどで。
雨の多いロンドンの町によく似合う曲だったと思う。
私は一時帰国した折、清志朗のビデオを持ち帰って、彼らに本物の姿を伝えた。 キヨシローの人気はさらに高まった。

ほどなくロンドンはバブルの波にのまれ、レッドチャーチ通りのクリエーターたちは散り散りになっていった。
彼らのその後は、成功した者、波に乗れなかった者など、さまざまだ。
あれから10年が経つ。
彼らは今でもキヨシローを覚えているだろうか。
どうしたんだ、ヘイ、ヘイ、ベイビー!

今宵、雨上がりのレッドチャーチストリートのことが懐かしく思い出されてならない。