2009年8月31日月曜日

正しい選択

ある女優が、どんな男性がタイプかと訊かれて、
やはり、勝ち組?の人がいい。そういう人って、
結局正しい選択をしてきたと思えるからと、答えていた。
わかりやすい答えだが、少なからず愉快ではなかった。
選択は勝ち負けにつながる。
自民・民主の議席数が、そっくり入れ替わる結果になった総選挙。
それぞれの党が行った選択が、有権者の選択へつながった。

この、勝ち負けによる世界判断は、金融から製造業、小売り、流通、サービス、
最近はさらに農業にまで及んでいる。
有識者たちは、これを活性化と呼び、日本の国力復活を叫ぶのだが、
偏屈者の私は、どうも腑に落ちない。
正しいかどうかは、結果次第でどちらにも転ぶからだ。

結果の良し悪しは、時代が決めることも多い。
勝者必ずしも立派ならず、と件の女優に言いたいのだが、
時流に乗れたことは、やはりそれだけで価値あることなのだろう。

私たちは、踊らされるようにできているのだ。

2009年8月20日木曜日

もう一つの改革

メディアの多様性が言われて久しいが、よく考えてみればマスメディアの存在感の大きさに気づく。
この国に残された巨大利権の一つがマスメディアなのだ。
許認可権を総務省に守られたテレビ局は、新聞社と資本で結びついている。
人々が他メディアに浮気し始めたおかげで慌てているが、その影響力は衰えを見せていない。

民主党は、神聖不可侵なその領域にメスを入れると言っている。
いわく、記者クラブの廃止、許認可権のはく奪、NHKへの割り当て電波の削減などなど。
それらの施策は、少しずつメディアを私たちの側へ引き寄せ、透明化しようという試みだ。
影響はおのずとコンテンツにも波及するだろう。
もちろん広告がメディアを支える構造は変わらないと思う。
企業はメディアを通して自らの存在をさらしている。
問題は、そのさらし方が飽きられていることだ。
さらし方とは、TVCMやグラフィック広告をメディアにばらまいて統計をとる手法を指す。
だが、広告代理店もTV局も新聞社も現行のビジネスモデルを手放せないでいる。
霞が関改革について舌鋒鋭いマスメディアだが、
自身が直面する問題については、いっこうに黙して語らない。
自浄能力が欠けていると言わざるを得ない。
そして、改革は外部からやってくる。

2009年8月10日月曜日

タレントの自立

子どものため、子どものためと唱えながら過保護に走る親がいる。
過保護とは過干渉でもあり、これによって子は自立が難しくなる。
この種の子供たちが突然信じがたい暴走をはじめるとき、事件は起きる。
酒井法子事件にも同じ匂いを感じた。

タレント管理という言葉がよく使われるが、
10代から芸能界で働きはじめるアイドルたちの自立を阻害しているような気がしてならない。
一種の人権侵害ではないかと思うのだが、社会は彼らを半人前扱いしてよしとしているようだ。
当のタレントたちがまた、「親」離れしていない場合が多いせいでもある。
ただ、親と言っても所詮は金の繋がりだ。
タレントの真の意味の自立を、所属事務所は好まない。

酒井は、14才からプロダクション社長宅に住み込みで働いてきた。
幼少時に両親が離婚し、母親とは4才で死別、父親は再婚して、彼女が18才の時事故死する。
腹違いの弟は、父同様のやくざ稼業だという。

30代になった彼女の真の自立に必要なしっかりとした世界観を与えるどころか
転落へと導いた男。
青山のプレイボーイは、彼女にとってどれほど輝きがあったのだろう。
彼女が自分自身に甘えていたのは確かなことだ。
ただ、実のところ彼女に本当に甘えられる人はいなかったし おそらく今もいないのだろう。
そんな彼女が、母でもある現実に胸が痛む。

2009年8月4日火曜日

自民党のマニフェスト

自民党マニフェストを見て愕然とした。
どういう理由で広告代理店のプレゼンテーションのようなノリを採用したのだろう。
基本的に何も考えていないような印象を与えているのではないか。
これが、わが日本の政権党の末期症状ということなのか。

私自身広告界の片隅を走り回ってきたのだが、
常々、広告屋には思想が欠けていると感じてきた。
お得意さんの気に入るような気の利いたアイディアを生み出すことに汲々としてきたのだから、 そんなものは邪魔だったわけで、その結果メディアが多様化し、人々の関心が重層化して 、ほかならぬ個人がブログやらTwitterやらで自ら広告を発信しつつある時代 深く企業と商品と社会の関わりを捉え、強い思考に裏打ちされた新しい広告の形を作らないかぎり、 業界の未来は危ういと思う。

ビジュアルショックや耳触りの良いコピーで、人々を目くらます手法の賞味期限は切れつつある。
自民党マニフェストを眺めながら、今の広告の力が確実に落ちてきていることを感じざるを得なかった。