メディアの多様性が言われて久しいが、よく考えてみればマスメディアの存在感の大きさに気づく。
この国に残された巨大利権の一つがマスメディアなのだ。
許認可権を総務省に守られたテレビ局は、新聞社と資本で結びついている。
人々が他メディアに浮気し始めたおかげで慌てているが、その影響力は衰えを見せていない。
民主党は、神聖不可侵なその領域にメスを入れると言っている。
いわく、記者クラブの廃止、許認可権のはく奪、NHKへの割り当て電波の削減などなど。
それらの施策は、少しずつメディアを私たちの側へ引き寄せ、透明化しようという試みだ。
影響はおのずとコンテンツにも波及するだろう。
もちろん広告がメディアを支える構造は変わらないと思う。
企業はメディアを通して自らの存在をさらしている。
問題は、そのさらし方が飽きられていることだ。
さらし方とは、TVCMやグラフィック広告をメディアにばらまいて統計をとる手法を指す。
だが、広告代理店もTV局も新聞社も現行のビジネスモデルを手放せないでいる。
霞が関改革について舌鋒鋭いマスメディアだが、
自身が直面する問題については、いっこうに黙して語らない。
自浄能力が欠けていると言わざるを得ない。
そして、改革は外部からやってくる。

そうなると
返信削除マーケティングインテグレーション
に一番クリエイティブ性が求められ
るようになると思うし、既にそう
なっていると思います。今まで表現
に括られない部分に表現が求められる、
そんな感覚でしょうか。